インドネシア:イスラム圏での食育体験

常夏湿潤のインドネシアは「匂い」に満ちています。
ローカルパサール(市場)は無論のこと、欧米資本の衛生的なスーパーマーケットでも、アヤム(鶏肉)やドリアンの鮮烈な匂いが、混然一体となって押し寄せてきます。
幼かった娘は、当時、匂いを言葉で表現することはありませんでしたが、10年後の日本で「この匂い、〇〇(何度も通ったレストラン)と同じだ」と、一気に記憶を蘇らせることがあり、驚かされます。

ジャカルタでは、スーパーなどの日常とは別次元の体験も味わいました。
「犠牲祭(イドゥル・アドハ)」と呼ばれる、イスラムの祭日で、ムスリムのメッカへの巡礼の最終日にあたります。この日、メッカで動物の犠牲を捧げるのに合わせ、ジャカルタでも、いたるところのモスクで牛や山羊が屠殺されます。裕福な者は高価な牛を、そうでないものは数人でお金を出し合って山羊を買い、モスクに寄進し、その肉を近隣に分け与えるのです。
ムスリムではない我が家は、この儀式に関わることはないと思っていました。それが「日本では得難い体験、これ以上の食育はない。毎年、子どもを連れて行っている」というママ友に刺激を受け、おそるおそるドライバーに相談したところ、アパートからごく近所にあるモスクに連れて行ってくれることになりました。驚いたことに、誰でもが見学できるのです。我々はほぼ終盤の時間帯に着きました。仕切っているのは、有資格の食肉業者というわけではなく、街のおじさんたちという印象。それを遠巻きに男の子たちがじっと見ています。さっきまでなき声をあげていた牛や山羊が、男たちの手慣れた捌きで肉の塊になります。そして、かなり離れたところにいた我々の衣類に、何とも言えない匂いが染みました。「汚れても構わない服装で行くといい」と教えてくれたママ友に感謝です。
一度きりの、この体験を、実は、すっかり忘れていました。近づいてはいけない聖なる空間という感覚から、写真を撮らなかったからかもしれません。しかし、この記事を書くにあたり、「そうだ、髪まで匂いが染みたんだった」と、まざまざと蘇ってきました。
観光客ではなかなか体験できない、駐在ならではの得難い経験でした。

 

相談員T